どのくらい割増賃金率が引き上げられるのか
中小企業で猶予されている月60時間を超える時間外労働に対する割増賃金率は、大企業と同様に「25%以上」から「50%以上」に引き上げられます。

<出典:東京労働局「しっかりマスター労働基準法 割増賃金編」>
猶予はいつまで?いつから適用?
中小企業の猶予措置は、2023年3月31日で廃止となり、2023年4月1日から割増賃金率の引き上げが適用されます。
割増賃金とは

ここで割増賃金についておさらいしておきましょう。
割増賃金とは、残業(時間外労働、深夜労働、休日労働など)をした際に、労働者に支払う1時間あたりの通常の賃金額(割増賃金の単価)に一定割合を増額して支払う賃金です。
詳しくは、下記をご覧ください。
割増賃金の計算方法
割増賃金は、以下の手順で計算します。
- 11時間あたりの通常の賃金額を計算
- 21をもとに割増賃金額を計算
割増賃金の計算方法について詳しく知りたい方は、こちらをご覧ください。
なぜ月60時間超の時間外労働に対する割増賃金が引き上げられたのか
月60時間超の時間外労働に対する割増賃金率の引き上げは、2010年4月1日の改正労働基準法施行によって始まりました。
割増賃金率が引き上げられた背景には、「労働者の健康保持」と「生活のための時間を確保しながら働くための労働環境の整備」が重要課題となっていたことが挙げられます。
総務省の2008年の「労働力調査」によると、週60時間以上労働する労働者の割合は全体の約10%、男性だと15.5%でした。特に25〜44歳までの子育て世代の男性のうち、週60時間以上労働する労働者の割合は19.2%(2008年)に近い状態となっており、長時間にわたって労働する労働者の割合が高くなっていました。
こうした課題を解決するために、月60時間超の時間外労働に対する割増賃金率が引き上げられます。その後、2019年4月1日から働き方改革関連法が順次施行され、労働基準法に罰則付きの時間外労働の上限規制が設けられました。
- (参考):総務省「平成20年 労働力調査年報」
なぜ中小企業だけ猶予されていたのか
中小企業だけが猶予された理由には、経営体力面の問題があると考えられます。必ずしも、経営体力が強固ではない中小企業にとっては、簡単に労働者を新規で雇い入れることはできません。また、業務処理体制の見直しや人件費削減のための設備投資を行う資金を蓄えるには時間が必要です。そのため、時間外労働の抑制に迅速な対応をすることは困難と考えられていました。
例えば、割増賃金率の引き上げ後では、月60時間を超える時間外労働が深夜に及んだ場合、「深夜割増賃金率25%以上+時間外割増賃金率50%」となり、75%の割増賃金を支払う必要が生じます。日本政府は、経営体力のない中小企業の経済的負担を考慮して、中小企業だけを猶予したのです。
日本商工会議所では、2020年5月時点の働き方改革関連法施行直後の調査(「人手不足の状況、働き方改革関連法への対応に関する調査」の集計結果について)で以下の結果を公表しています。
【働き方改革関連法の認知度・準備状況(調査対象の中小企業、4,125社)】
<時間外労働の上限規制(2020年2~3月時点)>
- ・法律の施行を直前に控えた時期においても、名称・内容についての認知が十分でない企業の割合は16.2%
- ・対応状況について、対応の目途がついていない企業の割合は18.5%
上記のように、中小企業の働き方改革における時間外労働の上限規制の取り組みがなかなか進まなかったことがわかります。中小企業にとって時間外労働の抑制に対応することが、いかに困難であるかがうかがえる結果です。
猶予されている対象の中小企業とは
月60時間超の時間外労働に対する割増賃金率の引き上げが猶予されている中小企業の範囲は、以下の通りです。
業種 | 資本金の額または 出資の総額 |
または | 常時使用する 労働者数 |
---|---|---|---|
小売業 | 5,000万円以下 | または | 50人以下 |
サービス業 | 5,000万円以下 | または | 100人以下 |
卸売業 | 1億円以下 | または | 100人以下 |
その他 | 3億円以下 | または | 300人以下 |
※業種分類は日本標準産業分類(第12回改定)に従っています。
<出典:厚生労働省「改正労働基準法のポイント」>
「資本金の額または出資の総額」と「常時使用する労働者数」のいずれかに該当すれば、中小企業です。これらの要件は、事業場単位で判断されるのではなく企業単位で判断されます。また、在籍出向者は、出向元・出向先の双方に労働契約関係があるため、両社で労働者数のカウントが必要です。派遣労働者は派遣元で労働者数をカウントすることも覚えておきましょう。
「常時使用する労働者数」は、当該企業における通常の状況によって判断されます。臨時的に労働者を雇い入れたり欠員が生じたりした場合などイレギュラーなケースでは、労働者数が変動したものとしては取り扱う必要はありません。
しかし、臨時的に雇い入れられた者でない限り、パートやアルバイト、契約社員、有期雇用労働者などの名称でも「常時使用する労働者数」に含めることが必要です。そのため、労働者数をカウントする際には、注意しましょう。
注意するポイント
1.間違いやすい業種
業種は、小売業、サービス業、卸売業、その他の業種に分けられていますが、業種の分類は「日本標準産業分類」の区分に従って判断されます。業種によって中小企業の範囲が異なり、間違いやすい業種もあるため、注意しましょう。
【間違いやすい例】
- 小売業:飲食店、持ち帰り・飲食サービス業
- サービス業:放送業、広告製作業、不動産業、学術研究、教育、医療、福祉
2. 中小企業に該当しなくなった場合
増資や労働者数の増加により、中小企業に該当しなくなることもあるでしょう。その場合、中小企業でなくなった時点から割増賃金率の引き上げの対象になると考えられます。企業の主たる業種を変更する必要がある場合、60時間カウントする1ヵ月の途中で
大企業に該当することになった場合、賃金締切日を変更する場合などケースはさまざまです。(※)
取り扱いでわからないことがあった場合には、労働基準監督署に相談するようにしましょう。
(※):60時間をカウントする1ヵ月の起算日は、「毎月1日」「賃金計算期間の初日」「36協定の一定期間」を起算日とするなど、いずれの方法でも問題ありません。しかし、就業規則などの「賃金の決定、計算および支払方法」には、起算日を定めることが必要です。起算日の定めがない場合には、原則として「賃金計算期間の初日」を起算日として取り扱います。
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3.就業規則などの整備が必要
時間外労働(休日労働は含まない)の上限は、原則月45時間、年間360時間です。この限度時間を超えて時間外労働を行う場合には、特別条項付きの36協定に限度時間を超えた時間に対する割増賃金率を定めなければなりません。また、限度時間を超えた労働時間に対する割増賃金率は、労働基準法で定める最低基準となる25%以上となるように努める義務があります。
例えば、1ヵ月の限度時間(45時間)を超える場合に30%とする場合、この割増率は、36協定の特別条項だけではなく就業規則にも定めることが必要です。また月60時間超の時間外労働の割増賃金率が適用される場合、60時間を超えた時間に対する割増賃金率は50%以上にする必要があります。
この場合、60時間を超えた時間に対して50%未満の割増率を定めた就業規則や労働契約書は、その部分については無効となります。労働基準法に規定する50%の割増率が適用されることに注意しましょう。
実務対応の3つのポイント

2023年4月に向けた実務対応として、今から準備しておきたいポイントは、以下の3つです。
1.労働時間の適正把握
月60時間超の時間外労働に対する割増賃金率の引き上げが適用されると、時間外労働の時間数によって割増賃金率が段階的に異なる取り扱いをする必要があり、残業代の計算が複雑になります。
例えば、法定労働時間(1日8時間・1週40時間)を超えた部分は25%の割増賃金率、限度時間(1ヵ月45時間・1年360時間)を超えた部分は30%の割増賃金率とします。
さらに、1ヵ月60時間を超えた部分を50%以上の割増賃金率とする場合、残業代は3段階に分けて計算する必要が生じます。
時間外労働の割増賃金を正確に支払うために、労働時間の適正な把握が不可欠です。そのためにも、自社の勤怠管理方法の見直しと勤怠管理システムの導入を検討することをおすすめします。
厚生労働省が策定した「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」では、「使用者が自ら現認」「タイムカード、ICカード、パソコンの記録等の客観的な記録」を労働時間の管理の原則としています。適正に労働時間を管理するためにも、客観的な打刻として認められ、今後法改正があった際にもアップデートできる勤怠管理システムが便利です。
勤怠管理システムを導入したり、見直したりする際に確認しておきたいのが「平日、法定外休日、法定休日といった区分ごとの労働時間正確に集計できる機能」「管理者などが従業員個々の残業時間を把握しやすくする機能の有無」の2つです。法定休日と法定外休日を明確に区分けし、給与計算の際に必要な労働時間(時間外・休日・深夜労働)を正しく集計できることが勤怠管理システムには必須といえます。
また時間外労働が60時間を超えそうな従業員を見つけやすくなる、「残業アラート機能」などがあると、残業しすぎの従業員がすぐに分かり残業削減の対策を講じやすくなるでしょう。
2.業務効率化と残業時間の削減
時間外労働に対する割増賃金率の引き上げに伴い、これまで以上に業務の効率化、残業時間の削減が求められるでしょう。ITツールを活用した業務効率化の例を見てみましょう。
<業務効率化の例>
総務、経理、労務、人事、総務などのバックオフィス
勤怠管理・給与計算の システム化 |
・勤怠データ入力や集計が楽になる ・入力ミスがなくなる |
---|---|
経費精算・請求書発行の システム化 |
・紙やエクセルの煩雑な管理が簡単になる ・チェック工数の削減 ・紙代や郵送代の軽減 |
入退社の手続きを 電子申請のシステムで行う |
・紙の管理などが楽になる ・システムでマイナンバーなどの個人情報を収集できる ・アウトソーシング費用の軽減 |
残業申請・有給休暇の 申請のシステム化 |
・申請や承認作業をシステム内で完結できる |
営業
スマートフォン活用 |
・社外でも仕事ができる ・出退勤の記録をスマートフォンで入力できる |
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オンライン商談 |
・無駄な移動時間がなくなる ・テレワークの推進につながる |
チャット活用 | ・メールよりもコミュニケーションがスムーズになる |
オンラインストレージや ファイル共有システムの利用 |
・資料作成や加工、情報の共有化に便利 ・テレワークのツールとして有効 |
3.代替休暇の制度導入を検討
月60時間超の時間外労働に対する割増賃金率の引き上げに伴い、時間外労働が60時間を超えた場合に50%以上の割増賃金の代わりに、有給休暇を与える「代替休暇」の導入が可能になります。代替休暇とは、1ヵ月60時間を超えて従業員に時間外労働を行わせた場合、引き上げられた割増賃金を支払う代わりに有給の休暇を与えられるようにした制度です。
従業員が代替休暇を取得した場合、代替休暇に対して支払われる賃金分だけ、1ヵ月60時間超の時間外労働に対して引き上げられた割増賃金の支払が不要となります。

<出典:厚生労働省「改正労働基準法のあらまし」>
代替休暇の制度を導入することで、企業にとっては50%以上の割増賃金の支払いが不要となり、残業が多い従業員にとっては年次有給休暇と別に休暇が取得できるようになります。長時間労働の抑制につながる労使双方にメリットがある制度のため、導入を検討してみてはいかがでしょうか。
ただし、代替休暇の導入には労使協定が必要です。就業規則などにもルールを定める必要があるため、代替休暇の制度を導入する場合には、今から準備を始めておきましょう。
まとめ
2023年4月1日から割増賃金率が引き上げられるまで「まだ余裕がある」と思うかもしれません。しかし、業務フローの見直しによる業務効率化や勤怠管理システム導入などは、すぐにできるものではありません。
人事労務の担当者としては、法改正に伴う就業規則の見直しや現在の業務フローの洗い出し、システム化の検討、システム導入に伴う従業員への説明など、対応すべきことが多く発生します。直前になってあわてることがないように、しっかりとスケジュールを立てたうえで今から準備を進めることをおすすめします。
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