【社労士監修】過重労働の危険性と防止策
過重労働は、労働者・従業員にさまざまな健康被害をもたらすことがわかっています。特に、過重労働の一つとして挙げられる「長時間労働」は、社会的な関心を集める「働き方改革」「過労死」などと関連性が高く、過重労働かどうかを判断したり、防止策を考えたりする際に基準となるものです。その具体的な事例や対策について、解説していきます。
この記事の目次
過重労働の基礎知識
過重労働とは
「過重労働」は、もともと長時間労働などの過重な業務によって脳血管疾患および虚血性心疾患が引き起こされた場合、それをめぐる労災補償の問題で用いられてきました。
もともと「過重労働」は、2001年12月に発表された「改正 脳・心臓疾患の認定基準」で脳・心臓疾患における労災認定の判断を標準化するために「過重負荷」という言葉で示されており、医学的な見解では、「脳・心臓疾患の発症のもととなる血管病変などを自然経過とは考え難い流れで悪化させ得るような負荷として客観的に認められるもののこと」を指しています。なお、自然経過とは、一般生活を送る上で、または加齢によって人体が受ける影響を要因とし、血管病変などが起こったり悪化したりするというものです。
過重労働の認定要件は、次の3つに分類されています。
○異常な出来事
○短期間の過重業務
○長期間の過重業務
それぞれ、次の章で解説します。
過重労働の3分類
① 異常な出来事
ひどく驚いたり、緊張・恐怖・興奮を引き起こしたりと、精神に強い負荷がかかるような予測が難しい異常事態、あるいは突発的な出来事を指します。それらの状況を緊急に強いられる場合や、また作業環境が突然大幅に変化するような場合も挙げられます。
② 短期間の過重業務
ここでの「過剰業務」は、日常業務と比べて特に重すぎる身体的・精神的負荷を生じさせたことが客観的に認められるもので、評価期間はおおむね 1週間とされています。
業務の過重は、具体的に次のような要素で評価されます。
1.労働時間
2.不規則な勤務
3.拘束時間の長い勤務
4.出張の多い業務
5.交代制勤務・深夜勤務
6.作業環境(温度環境・騒音・時差)
7.精神的緊張を伴う業務
③ 長期間の過重業務
過重な業務の考え方は「短期間の過重業務」と同じですが、評価期間は発症前おおむね6か月間とされています。
長期間の過重業務における「労働時間」や「労働時間以外の負荷要因」については、2021年9月に改訂が行われ、新たな認定基準が追加されています。
過重労働についてわかっていること
「過重労働」という言葉が比較的新しいことから、近年問題となっているうつ病などの「メンタルヘルス」との関係については、はっきりとした基準が定められていません。
職場性ストレスとメンタルヘルスとの関連性は、国内外で積極的に研究されているものの、それがただちに過重労働に直結するわけではないとされています。もともと過重労働の実態を研究・文献を通じて明らかにすることには多くの事業現場への介入が必要となってしまうため、推進が難しい側面もあります。
このような状況下で、過重労働かどうかを評価する有用な指標は「量的負荷」、つまり「労働時間」と考えられています。
労働時間、特に「長時間労働」と脳・心疾患の相関性を示すデータは多く、労災認定基準としても採用されています。「長期間の過重業務」の評価では、発症前1か月間に100時間、または2~6か月間平均で月80時間を超えるような時間外労働は、発症との関連性が強いとされています。月に45時間を超えて長くなればなるほど、関連性が強まることもわかっています。
過重労働のリスク
労働災害(労災)
労働災害となる過労死との関連も指摘されています。厚生労働省が発表している「脳・心臓疾患の労災認定基準改正概要」にもあるように、認定基準として過重労働を評価基準にすることを明確にしています。
「過労死」について詳細を知りたい方は、以下のコラムをご参照ください。
罰則
長時間労働に対しては、労働基準法(以下、「労基法」と表記します)でも罰則が定められています。以下の場合は罰則として「6か月以下の懲役、または30万円以下の罰金」となります。
●36協定を締結していない場合
1日8時間、週40時間の法定労働時間を超えて働かせた
●36協定を締結している場合
原則として月45時間以上、年360時間以上の時間外労働をさせた
過重労働に対する国の取り組み「働き方改革」
「働き方改革関連法」で労働基準法が改正され、2019年4月から順次施行されました。
「働き方改革」の定義は、働く人たちが「個々の事情に応じた多様で柔軟な働き方を、自分で“選択”できるようにするための改革」です。ここでも「長時間労働」に関して言及されており、その是正のために、時間外労働の上限規制(法第36条、法第139~142条)が行われ、前項でもご紹介したような罰則付きの労働時間規制が導入されました。
長時間労働は、健康問題や少子高齢化問題、あらゆる人々のワーク・ライフ・バランスにおいて関係しているとされています。
過重労働問題が国の政策においても重要事項のひとつと考えられており、時間外労働について明確な数値で定められていることはその証左といえます。
過重労働の代表的な原因
過重労働・長時間労働については、その原因についても調査や研究が進んでいます。
厚生労働省が所管する独立行政法人 労働政策研究・研修機構が『労働時間管理と効率的な働き方に関する調査』を行い、「所定外労働が発生する理由」に関して、企業側・労働者側からそれぞれ次のような調査結果が出ています。
業務の繁閑、突発的な業務
「業務の繁閑が激しいから、突発的な業務が生じやすいから」という要因が、企業側67.5%、労働者58.5%と双方最も高い割合の回答となっています。つまり、繁忙期になると業務が増えたり、突発的な対応をせざるを得なくなったりし、時間外労働が増えるのは避けられないということです。これは、労働者はもちろん、企業側としても当該企業だけでは対応が困難であり、顧客の理解や協力が必要となるものです。
業種・職種の特性
この調査結果報告では、業種や職種による特性も見受けられます。小売事業者の営業時間別構成比をみると、1991年から2007年にかけて相対的に営業時間の短い10時間未満の事業所の構成比が大きくなる一方、「終日営業」の構成比も高まっています。これは、コンビニエンスストアに代表されるような「終日営業」「夜間営業」を実施している小売業者が増加し、深夜労働が求められることとの関連性が指摘されています。また、宿泊業・飲食サービス業では所定外労働時間の発生理由として「営業時間が長いから」と回答する比率が、ほかの業種に比べて高い割合となっています。
企業風土
その職場の特徴・慣習など「企業風土」と呼ばれるものが、長時間労働に影響を与えている可能性もあります。企業、労働者それぞれ長時間労働を肯定的に捉えていないものの、労働者側は「残業が昇進・昇格など人事上で評価される慣行・風土がある」と感じている層がいるのではないかと推測されています。
一方、「上司や先輩が仕事のノウハウを教える風土」「同僚間で仕事のノウハウを教え合う風土」など、コミュニケーションが円滑な職場では、相対的に労働時間が少ないこともわかっています。
●企業側の回答
●労働者側の回答
過重労働の防止策
労働時間の定期的な見直し
過重労働を防止するために、まずは企業などの使用者が労働時間の適正な把握ができているのか見直しましょう。
厚生労働省によるガイドライン(厚労省ガイドライン)では、日々の勤怠管理のルールとして主に次のように実施するよう求めています。
●使用者自らが現認(直接始業時刻や終業時刻を確認)すること
●タイムカード・ICカード・パソコンの使用時間の記録など客観的な記録を基礎とし、適正に記録すること
やむを得ず自己申告制で労働時間を把握する場合も、十分な勤怠管理に関する説明を行うとともに、実態調査を行い、適正な自己申告を阻害しないよう表記されています。
そのほかにも厚労省ガイドラインでは、賃金台帳の適正な調整や、出勤簿やタイムカードなど労働時間の記録に関する書類の保存についても明示していますのでご確認ください。
労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン
労働基準監督署がまとめた事例集でも、使用者が実態を把握することで労働者の長時間労働が改善されたという報告がありますのでご確認ください。
時間外労働・休日労働に関する協定(36協定)の限度時間を超えた労働者に対し、業務実態についてヒアリングを実施したところ、その労働者の業務が夕方以降に集中することが判明したため、所定労働時間はそのままで、出勤時間を繰り下げた結果、時間外労働の削減につながった。(機械器具製造業)
<出典:松本労働基準監督署 長時間労働改善事例集>
仕事量の見直しと効率化
労働時間のみならず、労働者一人ひとりが担当している仕事量を見直すことも重要です。
ある業務を特定の人が担当し、その人にしかやり方がわからない状態になることを「属人化」といい、さまざまな弊害を招くことが指摘されています。長時間労働になったり年次有給休暇の取得が進まなかったり、その人の不在時の対応に時間がかかったりということを引き起こします。対策としては、マニュアル作成などによって仕事のやり方や情報を共有する「標準化」が有効とされています。また、一人に業務が集中しないよう、全体的に均一にする「平準化」を進めることも重要です。
労働基準監督署は、次のような具体的事例を挙げています。
<事例① 情報処理サービス業>
長時間労働が発生する部署については、部署内の職員間で仕事を共有化するほか、他の事業所の職員の応援なども行うことによって、業務が特定の職員に集中しないようにして時間労働の削減に努めている。
<事例② 貨物自動車運送業>
長時間労働とならざるを得ない遠距離の定期便特定の運転者のみを担当させず、複数人が交替で勤務することとした結果、業務量が職員間で概ね均等化し、36協定の上限を超えるような時間外労働が発生しないようにしている。
<出典:松本労働基準監督署 長時間労働改善事例集>
管理者の従業員マネジメント徹底
企業トップが事業現場の実態を把握することも、長時間労働をなくすためには重要です。企業風土を変えていくためには、その意識をトップダウンで周知・共有することが不可欠と考えられ、コンプライアンスのもと「過重労働につながる時間外労働は禁止すること」を労使双方の共通認識とし、醸成していくことが有効とされています。
特に、労務管理を行う部署の責任者には、当該事業場内における従業員の労働時間を把握し、その適正化のための問題点把握と解決が求められるため、労働時間のマネジメント体制を整え、管理スキルを向上させ、徹底していく必要があります。
そのためにも、まずは企業トップが決意表明し、自ら実態把握や教育を行っていくという姿勢を見せることが、「残業は仕方がない」という職場に蔓延している風潮・風土をなくすために効果的です。
この取り組みについても、労働基準監督署は次のような具体的事例を紹介しています。
<事例 金属製品製造業>
企業トップが管理者会議および全体朝礼にて 36 協定遵守の即時徹底を周知し、各部門においては OJT による職員の全般的なスキルの底上げを行うことによる業務および時間外労働時間数の平準化を図っている。
<出典:松本労働基準監督署 長時間労働改善事例集>
従業員の定期的な健康状態チェック
過重労働、特に長時間労働の防止にあたっては、労働者・従業員の健康状態も大切な指標となります。
労働安全衛生法(以下「安衛法」と表記)は、「職場における労働者の安全と健康を確保」と「快適な職場環境を形成すること」を目的に制定された法律です。
安衛法では、1名でも雇用している事業者に対して、「通常の労働者(高プロ除く)は、月の時間外・休日労働が80時間を超え疲労の蓄積が認められた場合、労働者の申出を受けて医師により面接指導を行う義務がある。本人の申し出がない場合でも、月80時間超の時間外・休日労働が行われた場合は、面接指導を実施するよう努める」と定められています。
事業者はその労働者の健康を保持するために必要な措置について、面接指導を実施した医師の意見を聞かなければなりません。また、医師からの報告を面接指導の結果の記録としてそのまま保存し、それを5年間保存することが義務付けられています。
安衛法ではこれに加えて、従業員50名~100名以上など一定の規模に該当する事業場では、「安全委員会・衛生委員会(または両委員会を統合した安全衛生委員会)を設置する義務がある」としています。
委員会は職場における衛生環境・安全性を確保する目的のもと、月に1回委員会を開催し、その議事内容を記録・保存し、労働者に周知することが必要とされています。労災の原因および再発防止対策などの重要事項については、労働者の意見を十分に反映させることも重要です。
勤怠管理システムの導入
ここまで、過重労働・長時間労働に関してさまざまな角度から検証してきました。
これらを参照した上で現状を確認し「自社は従業員の適正な勤怠管理が行われているか」を改めて考えてみましょう。
過重労働の防止策として「労働時間の把握・管理」は前提であり、不可欠であることをお伝えしましたが、法改正により従来の紙媒体(例としてタイムカードや紙の出勤簿)を用いた管理では、細かな把握・対応が難しい問題も増加しています。
しかし勤怠管理システムならば、従来からの管理手法による問題点を解消するとともに、次のような具体的な利点があります。
●月中のリアルタイムな勤怠状況の確認で、長時間労働を未然に防ぐ
●数か月単位・年単位での平均残業時間の把握で「36協定違反」を防ぐ
適切なシステムを用いて労働時間を可視化することで、労働者の健康被害を防止することができます。
さらに、近年はクラウド型の登場によって初期費用や準備も少なく手軽にシステム導入ができるようになっています。クラウド型はインターネット環境があれば時間や場所を問わずに利用できるため、従来のシステムでは労働時間の把握が難しいようなリモートワークを行っている企業や出張や外回りの多い企業などでの活用も期待できます。
まとめ
過重労働は、従業員の命にも及ぶ健康被害や労災補償のような深刻な問題を引き起こしかねません。そのため、長時間労働の防止に向けて、法改正や国の政策としての「働き方改革」が積極的に行われています。しかし一方で、国が推進している法律にのっとった適正かつ徹底した労働時間の管理を行うには、紙の出勤簿やエクセルなどを用いた従来のアナログな方法では対応が難しいケースがあります。もし、今の勤怠管理に課題を感じているなら、システムへの移行がおすすめです。
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